53.かみなり
「おーい。雨がキツくなって来たから、今日の練習はここまで!」 スミレ先生の声に、テニス部一同は急いで、コートを片して、部室に駆け込む。
「うひー。ずぶ濡れだにゃー。」
傘を差しながらコートに戻ってみたが、人影は見当たらなかった。 (・・・いないか。行き違いで部室に帰ってるかもな。) そう思い直して、を返すと、背後から微かにボールを打つ音がした。 「!!」 海堂が再び振り向くと、そこには、雨に打たれながら、コートに立つ男がいた。
「・・・乾先輩!!」
まさかとは思ったのだが、雨に打たれる彼の姿には、鬼気迫るものがあり、海堂は 不安に駆られて、声を上げた。 海堂の言葉に、乾も我に返る。 「・・・あれ?海堂。」 転がったボールを拾い上げて、足早に乾に近付いて、傘の中に招き入れる。 「何やってんすか!大会前だってのに風邪でも引いたらどうするんですか!」 「ゴメン。・・・でも、これだけは今やっておかないと。」 そう言って、乾はまたブツブツ言い出した。 相変わらずマイペースな乾に、海堂は嫉妬に近しい形で、ぶちキレる。 乾がこれだけ剥きになる相手といえば、青学テニス部の中ではただ一人しか考えられない。
『青学テニス部、部長。・・・手塚国光。』
ひたすら距離とか、角度とかブツブツ言う乾の胸倉を掴んで、無理矢理引っ張っていく。 「いい加減にしろ!この雨じゃ、もうデータ収集どころじゃねえだろ!頭冷やして考えろ。」 ズルズルと乾を引き摺りながら、歩く海堂にも、もう傘は役に立っていなかった。 乾も、海堂に一喝されて、毒気を抜かれたのか、大人しく海堂に従いながら、胸倉を掴む海堂の手に、自分の手を被せて、そっと力を込めて、胸倉から外し、手を握る形にした。
「・・・ごめんね。」
海堂の耳元でそう呟く乾に、海堂は少し顔を赤らめて、乾と同じ位小さな声でボソボソと答える。 「・・・別に。あんたに風邪引かれたらダブルスパートナーとして困りますから。」 ぶっきらぼうな言葉でも、海堂の優しさを感じ取れる。乾は口の端を緩めてにやける。 「ありがとう。俺は海堂と組めて幸せだな。最高のパートナーだ。」 嬉しそうにそう言う乾に、海堂はまた少し赤くなりながら、溜息を吐いて、乾に悪態を吐く。 「やっぱり風邪引いたんじゃないっすか?」 その言葉に、乾は苦笑しながら、海堂に抱きついた。
「!!このっ・・・」
『どーん!』
突然の奇行に海堂は怒りを爆発させようとしたが、その前に、天からの怒りが爆発した。
「「うわっ!」」
二人同時に雷に驚く。 結構近くに落ちたようだ。思わず二人は顔を見合わせて、冷や汗を掻く。
「・・・・。早く戻ろうか。」 乾は先程までの甘いムードが一蹴されてしまった事を残念だという顔で海堂を見る。 その表情を見て、乾が少し可愛らしく思えてしまう。そんな事を考える自分も、悔しいが、乾の事がそれだけ大事なんだろう。 傘に隠すように、自分の唇を乾のソレに併せ、海堂は雨の中、真赤な顔をしながら部室へと急いだ。 もちろん、部室に二人でずぶ濡れで戻ってきた事で、レギュラー陣から散々ひやかされ、海堂が更に真っ赤になるのは、また後の話である。 |
2006.12.03 |