「只今より、町内会主催の子供祭りを開催いたします。」
町内会の主催ブースから、祭りの開始アナウンスが流れて、それと同時に待ちわびていた子供達や、大人が、思い思いの屋台に向かってアーチを潜り抜けてきた。
その屋台の中には、青学テニス部の運用するものもあり、トラブルメーカーの彼等の屋台が、もちろん何事も無く済む事も無かった。
開催五分後、早くも一つも屋台から子供達の泣き声と喧騒が聞こえてきた。
「うわーん。怖いよー。」
「何やってるんだよ。海堂!子供達が怯えてるじゃねーか。もっと笑顔でやれ!笑顔で!」
「うるさい。」
「二人が喧嘩してると子供達がもっと怯えるじゃないですか。」
騒動の元は海堂・桃城・リョーマ組の所らしい。リョーマが止める前に、桃城と海堂は取っ組み合いの喧嘩になっていた。青学一・二を争うライバルと謳われているこの二人が、共同作業など、初めから無理な話なのである。
金魚掬いの屋台は早くも運用中断となった。しかし、こんなのはまだ序の口なのである。
「おっ、始まったなあ。」
乾は笑いながらそう言いつつ、焼きソバを器用に鉄板で炒めていた。その手付きの良さに河村は思わず気を許しそうになったが、あまりにも自然に、乾の手に握られた怪しげな液体を見て、自分の甘さを実感した。しかもそれを入れようとする乾を、寸での所で止め、河村は深い溜息を吐いた。このままでは自分の屋台から、病院送りを出してしまうと考え、乾を何とかしなければと頭を抱えた。
「い、乾…。海堂達が心配だろう…。こ、ここは良いから、行ってやってくれ!」
半ば強引に、河村は乾を追い出した。
「そうか・・・タカさん悪いな。」
タカさんの真意を感じ取ったのか否か、乾はニヤリと笑い。海堂の元へ向かった。
乾が海堂の元へ向かうと、まだ桃城と取っ組み合いの喧嘩をしていた。リョーマはもう止めることを諦めたらしく、日陰に座り、ファンタを飲んでいた。近づいてきた乾に気付き、リョーマは何とかしてくれと言う目つきで訴えた。
乾も仕方が無いなあとばかりに溜息を吐きながら、二人で騒動の元へ行き、乾は海堂を桃城から引き剥がし、リョーマは桃城を止めた。乾は海堂を抱え込み、リョーマに了解を得る。
「じゃあ、越前、海堂借りていくから、後は宜しく。」
「ッス。」
「なっ!せ、先輩…。」
突然の乾の出現に驚きながら、海堂は言葉どおり、乾に拉致され連れ去られてしまった。
乾は暴れる海堂を抱えたまま、しばらく歩いた。人込みが多い屋台の流れから離れ、二人は神社の境内についた。そこで、乾は初めて海堂を抱えていた腕を放した。
急に拘束を解かれた海堂は不満をぶちまけた。
「なんて事してくれたんっすか!もう少しで決着が付きそうだっ・・・っん・・・。」
不満は全て語られることは無く、途中に乾の唇でふさがれた。
口付けはお互いの唾液が混ざり合うほど深いものになり、唇を離す頃には海堂の意識は朦朧として、真っ赤になっていた。乾はそんな海堂に、再びキスをしようとすると、
誰も居ない筈の神社から、声が聞こえてきた。その声は、海堂の良く知る者だったので、海堂の意識は覚醒され、近づいてくる乾の顔を慌てて押しのけた。
「葉末。どうしてここに。」
声の人物は、海堂の弟、葉末だった。葉末は海堂に駆け寄ってきて、抱きつきながら、
「兄さんの屋台に行ったら、多分ここだろうって。」
兄さんとお祭り行きたくって来ちゃった。と葉末は抱きついたまま話す。
乾としては良い所を邪魔されて、その上いつまでも海堂に抱きついたままの葉末の登場に内心穏やかではないのだが、子供相手に大人気ないので、我慢していた。そして、海堂にそろそろ皆のところに戻るよう促した。
そんな乾を葉末は海堂の身体越しに一瞥する。葉末は名残惜しそうに海堂から離れて、乾にそっと近づき、囁く。
「兄さんに手出したらただじゃおかないぞ。」
乾を睨みながら葉末はそう言い捨てて、前を歩く海堂の元に戻った。
乾は、兄を守ろうとする弟君の兄弟愛を羨ましいと思いながら、思わぬライバルに、唖然としつつ、二人の後を追いかけ、葉末に見せつけるように、海堂の背中から抱きつき、驚いた海堂から、ボディブローを食らいながら、更なるトラブルが待ち受ける。祭りへと戻っていった。