「どうしたんだ?さっきから何度も桃城の所が騒がしいな。」
流石に、これだけ騒ぎが起これば部長としては心配で、手塚は金魚掬いの屋台の方に目をやった。
その間、手塚の手がお留守になっていたので、たこ焼きの幾つかを不二がフォローしながらやっていると、その内に手塚達のたこ焼きの屋台にもお客がやって来た。
「すみません、たこ焼き二つ下さい。」
手塚はその声で我に返り、慌ててたこ焼きを詰めて、お客に渡した。
異変が起こったのはその後で、初めのお客が、手塚達の所から買ったたこ焼きを一口食べた時だった。
「ぐわあっ」
お客はたこ焼きを食べたと同時に、悲鳴と炎を口から吐いた。それを見た手塚は驚いて、自分の元にあるたこ焼きを急ぎ見た。そこには、通常のたこ焼きより遥かに赤いたこ焼きが並べられていた。手塚が、『おかしい着色料を使った覚えは・・・』と辺りを見回している間、またしばらく手が止まる。そしてその間も代わりに不二がたこ焼きを作る。こうして赤い唐辛子入りたこ焼きは手塚の知らない所で着々と増えていった。
「見て見て〜大石。こんなに大きいのが出来た〜。」
「こら、英二、そんなに大きいのじゃ売り物にならないだろう。」
変わってこちらは、平穏無事に微笑ましく経営されている、黄金ペアによる綿菓子屋台だが、こちらの大石も、手塚同様先程から乱闘騒ぎの多い金魚掬いの屋台が気になってしょうが無い様子だった。そうは云うものの、自分のところの屋台も、菊丸一人に任せておくのは少し心許ない。大石は、そわそわしながらも、綿菓子を手際良く作っていった。
そんな大石を見ながら、菊丸は『大石ってば心配性なんだから・・・』と、自分より他人の心配をする大石に少し焼きもちを焼きながら、綿菓子作りに八つ当たりする。そんな事だから、菊丸の作る綿菓子は、大石の作る綿菓子より些か(?)大きめに出来てしまうのだった。しかしそれを大石が窘めてくれるのが嬉しくて、菊丸は綿菓子に細工をするのを止めない。次は、食紅を入れて緑色の綿菓子を作って大石の気を引こうとした。
そんな中、また金魚掬いの屋台が騒がしくなる。その騒ぎに大石もまた心配そうに視線をやる。それを見ながら、菊丸はため息をついて、
「行って来なよ大石。こっちは俺一人でも大丈夫だからさ」
そう言いながら、大石の背中を押し、送り出した。大石は、躊躇いながらも『すまない。すぐに戻るから』と菊丸に告げて、金魚掬いの屋台に駆け出していった。
そんな大石の背中を見送りながら、菊丸は『あーぁ、俺ってば良い子・・・』心の中で子供染みた独占欲を隠すかのように呟き、今度は先程より小さめなため息をもう一度吐いた。
大石は、菊丸の方を気にしながら、騒動の元である金魚掬いの屋台に到着した。
人の山を掻き分け、屋台に近づくと、海堂と桃城が取っ組み合いの喧嘩をしている。場所は違えど、それは部活でよく見る光景だったので、大石は然程驚きもせず、二人の間に割って入ろうとした。
「こら、お前達。いい加減にしないか。」
大石はまず二人を一喝して、桃城を先に羽交い絞めにしようとしたのだが、バランスを崩した桃城が自分のほうに向かって倒れ掛かってきた。
「うっうわぁ」
「大石副部長!」
ここがテニスコート内だったら、大石が後ろに倒れ込んでも、砂埃が舞うだけで済んだのだが、ここではそうはいかなかった。大石の後ろに待ち構えていたのは。金魚達が沢山泳いでいる水槽だった。そうして、大石は見事に、頭から水と金魚をかぶる羽目になってしまった。それなのに何故か一緒に倒れこんだ桃城は無傷で、今度は、大石をこんな目に合わせてしまったのはお前が悪いと再び海堂と喧嘩を始める始末であった。
その一部始終を見ていた菊丸は、大石が水槽で水びだしになった所でとうとう我慢出来なくなり、隣の屋台に駆け込んだ。
「不二〜。うちの店番頼む!俺、大石の所に行って来る!」
そう吐き捨てて、菊丸は大石の元へと駆けていってしまった。
残された不二は、やれやれと、クラスメイトのよしみで綿菓子の屋台に入った。何故か不二御愛用の一味唐辛子も一緒に・・・。
この後、真っ赤な綿菓子が数多くのお客を恐怖に陥れる事と、その後を手塚が必死になって、たこ焼き購入者と綿菓子購入者に頭を下げる事になるのだが、それはまだ不二以外誰にも予想出来ない事であった。